東京高等裁判所 昭和49年(う)2338号 判決
被告人 青名畑勝男
〔抄 録〕
思うに刑の量定にあたっては、まず事案の具体性に注目し特別予防的観点を重視すべきは当然であるが、同時に刑の一般予防的性格・機能、他の同種事案との刑の均衡なども忘れるべきでなく、事案の具体性および特別予防的観点の重視にもおのずから限界があると考えられる。本件は、まさにこの限界が問題になる事案と思われるが、つぎの諸状況に照らせば、本件の危険性には一般の想像をこえるものがあり、原審の量刑は、右の限界をこえた疑いが強い。たとえば、本件については、被告人が確定的殺意をもって刃体の長さ約二二センチメートルの鋭利な刺身包丁で、全く無防備の被害者の背後からいきなりその背部を強く突き刺し、さらに向き直った被害者の頭部に切りつけ、左腎臓および腸結膜間を損傷する左脇腹刺創、頭部裂創等の重傷を負わせたこと、被害者は、たまたま近くに局合わせた艦長らの制止、適切な応急手当、緊急通報により機を失せす飛来した米軍ヘリコプターの救援、この結果講ぜられた早期の医療措置などによって危うく一命をとりとめたものの、なお四八日間の加療を要したこと等、通常の殺傷事件にはみられない高度の危険性・兇悪性がみられるといっても過言ではない。また本件は、被害者が先の暴行につき被告人と話し合い、「さっきは悪かったな」といって別れたのち間もなく行われたものであること、人命が、何ものにも代えることのできない貴重なものであるのに、この点についての被告人の認識・自覚が十分でなかったとみられること、被告人は、被害者の言動から帰港地で暴力団に痛めつけられるかも知れないと危惧し、(証拠上、これは明らかに被告人の思い過しと認められる)、その前に被害者を殺害してしまおうと決意したというが、この点についても、船長その他に相談して対策を講ずる余地がなかったわけでなく、その思考過程はあまりに短絡的であると思われること等の事情を考えると、本件の背景には、被告人の人命軽視の考え、思慮の乏しさなどがうかがわれ、当時の特殊な環境・心理状態を考慮に入れても、被告人の性格に何ら危険なものが伏在していないと断ずることは困難である。以上を総合し、原判決の量刑は軽すぎると認めざるを得ない。(編者注原判決の刑―懲役三年・保護観察付執行猶予五年、当審判決の刑―懲役三年)論旨は理由がある。
(横川 柏井 中西)